沿革

昭和29年、従業員数名の小さな工場で発明された変速機がその後の産業発展に大きく貢献することになるとは、いったい誰が予想したでしょう。

オートメーションが時代のキーワードだった当時、三木プーリの前身である“三木製作所”が世に送り出したベルト式無段変速機はわが国の技術革新にいっそうの拍車をかけ、その後の産業界に大きな役割を果たしました。

数年後、その商品名を、現在の社名としたのです。

 

昭和 14年 10月
旧会長三木珍治(よしはる)が、父・治朗(元参議院副議長)の支援を得て、三木製作所を川崎市大宮町に創立
昭和 29年 10月
無段変速機の特許を取得。三木プーリ無段変速機の名称で製造・販売を開始
昭和 32年 3月
株式会社三木製作所に改組
昭和 36年 3月
相模工場を建設。生産を開始
昭和 39年 1月
中小企業モデル工場の指定を受ける
昭和 40年 10月
電気式無段変速機を開発
昭和 40年 12月
アメリカ・ゼロマックス社と無段変速機の技術販売提携
昭和 41年 10月
社名を三木プーリ株式会社に改称
昭和 43年 1月
アメリカ・ラブジョイ社と軸継手の技術販売提携
昭和 44年 10月
西ドイツ・レンゼ社と無段変速機の技術販売提携
昭和 46年 3月
西ドイツ・レンゼ社と電磁クラッチ・ブレーキの技術販売提携
昭和 46年 3月
アメリカ・ヘランダ社と過負荷保護装置の技術販売提携
昭和 47年 4月
西ドイツ・レンゼ社との合弁による三木シンプラ株式会社を設立
昭和 48年 2月
三木ベルテック株式会社を設立
昭和 48年 2月
スイス・バウマン社と軸継手の技術販売提携
昭和 48年 6月
アメリカ・ゼロマックス社との合弁による三木ゼロマックス株式会社を設立
昭和 50年 1月
アメリカ・ヘリカル社と軸継手の技術販売提携
昭和 50年 12月
西ドイツ・センタアントリーベ社と軸継手の技術販売提携
昭和 54年 3月
スウェーデン・エフエフブイ社とフリクション継手の技術販売提携
昭和 55年 4月
三木珍治社長、黄綬褒章を受章
昭和 55年 9月
GTOインバータ 『Vフレック』 を開発
昭和 56年 7月
シー・アール・エー株式会社を設立
昭和 56年 9月
三木治一(はるかず)が社長に就任
昭和 57年 7月
スイス・ロスタ社と防振緩衝装置の技術販売提携
昭和 61年 11月
元会長三木珍治、勲五等双光旭日章を受章
昭和 61年 12月
相模工場にテクニカルセンターを新築
昭和 62年 4月
三木齊副会長、黄綬褒章を受章
昭和 62年 11月
伝動継手の 『ETPブッシュ』 『サーボフレックス』 が1987年度グッドデザイン商品(産業機械部門)に選定される
昭和 63年 4月
三木パワーエレクトロニクス株式会社を三木パワーコントロール株式会社に改称
平成 4年 8月
アメリカ・ゼロマックスの新社屋が竣工
平成 7年 4月
中国に合弁会社・三木エース天津 『羅森(天津)企業有限公司』 を設立
平成 8年 4月
三木エース天津工場竣工
平成 8年 10月
三木アール・エー販売株式会社を設立
平成 12年 3月
三木エース天津を三木プーリ100%子会社とする
平成 13年 5月
三木エース天津を「三木普利(天津)」へ社名変更
平成 14年 3月
三木パワーコントロール米沢工場と三木シンプラ米沢工場を統合し、三木パワーコントロール米沢工場とする
平成 16年 4月
上海事務所開設
平成 16年 5月
社長三木治一、藍綬褒章を受章
平成 17年 12月
本社社屋リニューアル完成

創業当時の当社社屋





昭和38年頃のテレビCM







海外企業との積極的な提携








「2004年度
日本産業広告賞新聞部門
第四部 第1席受賞作品」








多数の展示会へ出展








無励磁作動形電磁ブレーキ「BXW」








BXWでモノづくり部品大賞受賞








リニューアルされた本社社屋

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